V6の歴史を振り返る!グループから見えてくる継続は力なり(前編)




こんにちは。SUIKAです。V6といえば結成23年目、ジャニーズの中では既に大ベテランのグループです。現在はゴールデンでの冠番組は無く、一般の人の目に触れる機会は少ないかもしれません。でも近年、彼等は確実に再評価されてきています。その確固たる理由と、そこに辿り着くまでに起こった様々な出来事を、前後編にまとめてみました。
前編のこちらはデビユーから10周年を超えた辺りまでを書いていきたいと思います。もしかしたら「あまり知らないケド見てくれてる方」もいるかもなので、(いたら嬉しい)まずはV6の紹介から。それではどうぞ!

V6メンバー

20th Century(トニセン)
坂本昌行
長野博
井ノ原快彦
Coming Century(カミセン)
森田剛
三宅健
岡田准一

V6は1つのグループの中に2つグループが存在します(ファンの人以外だと結構知らない・・・)また最年長でリーダーの坂本君、最年少の岡田君だと年齢は9つ差です。V6の鉄板ネタの1つです(笑)

デビュー23年目!V6の全総まとめ!【デビュー〜10周年頃】

格差のCDデビュー

いきなりネタから入っていきます(笑)デビューした後、最年少組のカミセンと、最年長組のトニセンの扱いの差はかなりのモノでした。
・同じCDジャケット内で大きさが違いすぎる
・CDのカップリング曲は毎回カミセン(12枚目で初トニセン)
・集合時はカミセン=送迎車 トニセン=電車
・・・トニセンが腐らずに頑張ってきてくれたおかげで、今のV6になったんだ!(今では良いネタです!)

ヒット曲連発!

「MUSIC FOR THE PEOPLE」はデビュー曲にして50万枚超えのヒット。その後もウルトラマンティガの主題歌になった「TAKE ME HIGHER」、V6最大のヒット曲「愛なんだ」、愛なんだと同じくらい認知度のある「WAになっておどろう」、トニセンが作詞をして話題になった「over」など、ヒット曲を連発していきます。

「学校へ行こう!」開始

V6の認知度がお茶の間にも爆発的に広まったキッカケが、1997年から放送開始したバラエティ番組「学校へ行こう!」です。学校をテーマにとにかくメチャクチャしてたこの番組。火曜日といえば7時から三宅君が出ている『伊藤家の食卓』、その流れで「学校へ行こう!」を見るのが大定番でした。次の日学校へ行ったら「昨日の学校へ行こう見た?」って男子も女子も話してたくらいです。

べストアルバム発売

夏には初の24時間テレビのパーソナリティ、デビュー5年目2000年には、初のベストアルバム「Very best」が発売されました。売り上げもV6初の週間連続1位を獲得。学校へ行こう!も絶好調で、この頃の平均視聴率は20%超えが当たり前でした。その後もコンスタントにCD、年に1枚ペースでアルバム発売し続け、また1つ節目の年を迎えます。

デビュー10周年

10周年には2枚目のベストアルバム「Very bestⅡ」を発売してます。他にも10周年ツアーに連動して全国6都市で握手会を開催、東京・渋谷に「V610th ANNIVERSARY MUSEUM」のオープン、V6主演映画「ホールドアップダウン」の公開など楽しい企画が目白押しの年でした。順調そうに見えてたグループ活動ですが、10周年前後からそうとは言えなくなってきます。

人気番組の終了

1997年から続いていた学校へ行こう!ですが、2008年には視聴率低迷が原因で終了してしまいます。思えば途中から「学校へ行こう!MAX」としてリニューアルしていましたが、改変は上手くいきませんでした。V6の後続番組が始まる訳でもなく、その後のV6の方向性はとても不透明なものになっていきます。

ソロ活動がメインに

「学校へ行こう!」が終了した後は、V6を見られる全国放送の番組が無くなってしまいました。その後は個人での活動の場が増えていき、一般の人の目には「V6」というグループが映りづらくなっていきました。ファンの人にとってもここから数年は「見たいV6」がなかなか見れず、歯がゆい時代だったんじゃないかなぁと思います。

出ては消える解散説

この頃が1番(ファンには暗黒期と呼ばれてるらしい)この手の話の多さのピークだったんじゃないですかね。悪意のある記者の人の好きそうな話題ですもんね。ですが火の無い所に煙は立ちづらいです。気にくわないのは、面白おかしく書いてドラマ仕立てにする所です。その頃記事書いていた人に「解散するする記事書いてられましたけどしてないですねこの三流記者め!」と言ってやりたい。

岡田くんと三宅くん

個々の活躍が多くなる中、1番活動の場が増えて行ったのが岡田君。俳優業の奥深さににのめり込んでいきます。元々『自分にはアイドルが向いてない』と周りと比べて劣等感を持っていた岡田くんは、ある時三宅君に「アイドルの仕事に誇りを持ってくれ」と告げられてます。「長く一緒にやって来たメンバーに言わせていい言葉じゃなかった」と後に本人も話しています。

6人での話し合い、そして

その頃の事をメンバーが詳しく喋った訳ではないので、ハッキリとした事は分かりません。その頃のメンバーが、V6という不安定なグループの今後に、どんな思いを持っていたのかも分かりません。それでもメンバー同士お互い話し合い、解散の2文字を選ぶ事無く、6人はV6というグループを模索していく道を選びます。

前編はここまでです。上記の色んな出来事が、次のV6へと繋がっていきます。
ではまた後編で。

 







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ABOUTこの記事をかいた人

書いてる人:SUIKA 東京都在住。 好きな食べ物:スイカ 幼少期から、テレビやマンガをこよなく 愛して止まない人。 『楽しく・分かりやすく』をモットーに、 今だ興味が尽きない様々な 芸能人・メディアの話を沢山書いてまいります。